近年、ビジネス書やコラムで「人的資本経営」という言葉が多く使われています。これまでのビジネスでは、売上や利益ばかりを気にして経営をしている企業がほとんどでした。

企業で働く人材の能力やスキルを人的資本といい、資産と見なすという考え方が近年では広まりつつあります。

企業で働く人材育成などの投資を行うことで企業の成長に繋がるという考えが広まったことが要因となっています。この記事では、人的資本についてや人的資本経営の指標、情報開示の項目やISO30414について詳しく紹介します。

人的資本経営の指標とは?

人的資本とは

人的資本の考え方が広まったことにより、非財務資本である「人」への投資が注目されています。世界中で情報開示が進んでいることから、情報開示が求められる背景を詳しく見てみましょう。

企業における非財務資本の増加

非財務資本とは、人的資本や知的資本、自然資本などの形を持たない資本を含めた「財務資本」以外の資本を指します。特に人的資本は、企業にとって価値創造のために欠かすことのできない資本と言えます。そのため人材育成にかかる費用は、「コスト」ではなく企業の成長に繋がる「投資」となります。

デジタル化やグローバル化が急速に進んできた近年では、企業の市場競争は激化しています。そのため、投資家の視点からも、多様な人材の育成や活用を求めています。従業員のスキルや能力をどのように伸ばすかという点や知識をいかに高めるかなどが企業の成長のために改めて注目されています。

情報開示が求められる背景

人的資本経営において人的資本に関する情報開示が求められています。この背景には、証券市場からの要求の高まりがあり、人的資本を含む非財務資本への注目が増していることが考えられます。

昨今は、投資家が投資の判断を行う際に、企業の持つ非財務資本に着目する傾向にあります。SEC(米国証券取引委員会)でも人的資本の情報開示が義務化されるようになりました。

また、日本でも2023年3月から上場企業と一部の非上場企業の約4,000社を対象に人的資本の情報開示が義務化となります。外国人従業員や非正規雇用の増加など、企業の人材構造に変化が生じていることも人的資本経営が重要視される要因となっています。

働き方が多様化する中で、人材一人ひとりの状況などに合わせた働き方でそれぞれの人材の価値を最大限に引き出していく人的資本経営が重要です。

人的資本経営で情報開示の重要性

近年では、情報開示の重要性が問われています。人的資本経営をする企業が増加していることも関係していると言われています。どうして人的資本経営では、情報開示が重要視されているのでしょうか。

海外の動向

米国では、2020年に証券取引委員会であるSECがアフリカの上場企業に対して人的資本の開示を義務化しました。これは2008年のリーマンショックの影響をうけたと言われています。情報開示内容は企業それぞれの自主性に任せていますが、開示すべき8項目を具体的に指定しています。

情報開示の内容を具体的に提示したことにより、情報開示の範囲は広くなっています。そういった海外の動向もあり、日本の金融庁でも、2023年3月期から上場企業を中心に有価証券報告書への人的資本情報についての記載が義務付けされる予定です。

義務化される予定の項目には、男女間賃金格差、育児休業取得率、女性管理職の比率などが含まれると定義されています。

ESG投資

ESG投資とは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の3視点から投資先企業を選定する方法です。近年ではESG投資への関心が徐々に高まりつつあります。人的資本は3視点のうち企業価値に結びつきやすい「社会」に該当します。

人的資本を含む「非財務資本」に対しての投資に関心が高まっていることも人的資本の情報開示が求められる理由となっています。

企業における非財務資本価値の増加

企業における資本のうち、非財務資本の価値が増加しています。従来の企業価値は、企業の財務的・経済的資本を指す「財務資本」によって評価されてきました。

一方で、人的資本のように、財務資本以外の資産である「非財務資本」が重要視されています。非財務資本には、5つの資本があるので、それぞれ詳しく解説します。

製造資本

製造資本の例は以下のとおりです。

・建物

・設備

・インフラ

・販売目的で製造する資産

製造資本とは組織が利用できる建物や設備、インフラ等の製造物のことを指します。また、知的資本と混合されやすいですが、製品設計情報、生産に関するソフトウェア、その他生産に必要なデータ等も製造資本に該当します。

物価的価値については財務資本として扱われるため、「非財務資本」としては、“仕様”や“設計”などの側面を管理することが重要です。

知的資本

知的資本の例は以下のとおりです。

・特許

・著作権

・権利及びライセンス

・手順及びプロトコル

知的財産権や暗黙知など、組織的な知識ベースの無形資本のことを知的資本といいます。知的資本のマネジメントにおいては、知的資本同士を組み合わせてイノベーションを起こすことが目的とされることが多いですが、そのためには「知」と「知」を組み合わせるプロセスを構築させる必要があります。

人的資本

本記事のメインで取り上げている人的資本の例は以下のとおりです。

・スキル

・経験

・イノベーションへの意欲

・実践能力

人的資本とは、「人」が保有しているスキルや経験のことをいいます。具体的には、リーダーとしてのマネジメント能力や自社サービスを改善させる意欲、課題発見能力などが該当します。

社会・関係資本

社会・関係資本の例は以下のとおりです。

・個々のコミュニティ/コネクション

・ステークホルダーとの繋がり

・組織が構築したブランド

・その他、外部機関とのネットワーク

個々のコミュニティやコネクション、ネットワークの他、集団全体の幸福度を上げるために情報を共有する能力のことを社会関係資本といいます。企業として社会関係資本のマネジメントをする際に最も重要視されているのがステークホルダーとの関係性構築です。

自然資本

自然資本の例は以下のとおりです。

・空気、水、鉱物

・土地

・生態系の健全性

・その他環境資源

企業の基礎となるモノやサービスを支えるための環境資源、及びプロセスのことを自然資本といいます。自然資本のマネジメントでは、自然環境変化に対応する力が求められています。

例えば、政府が電気自動車の普及100%を目指した際に、ディーゼル車の部品を製造している会社が自然資本に基づいたリスクマネジメントを構築していれば、事業継続が可能になるかもしれません。

人的資本経営で求められる指標

先述した非財務資本のうち、人的資本を開示するにあたって、どのような指標が求められるのでしょうか。経済産業省の2022年3月18日の検討会の内容を参考にします。

  • 他社の動向やトレンドにとらわれない指標の設定

近年では、人材に関するKPIを開示する企業が増加しています。競合企業などの開示資料は参考にすることは望ましいですが、あくまでも参考程度にしましょう。競合などのデータに捉われず自社が設定した指標に向かって取り組むことが重要と言えます。

  • KPI間の優先順位の明確化を図る

競合と自社を比較した際に、優先的に取り組むべき課題を踏まえて、それに対応するべく優先順位の高いKPIから順に取り組む姿勢を従業員や投資に対して明示することが大切です。

  • 定性的な指標の重要性を検討する

人材に関するKPIを設定する場合には、将来の自社事業の中長期的な成長に欠かせない優秀な人材の数や生産性等を示す定量的な指標も必要です。定性指標を設定する際には、定量化を試みて、改善策を打ち立てましょう。

企業における非財務資本の増加

内閣官房が2022年8月に「人的資本可視化指針」についての発表を行いました。「人的資本可視化指針」を策定することにより、下記のような効果が期待されます。

  1. 自社の目指す指標が明確化される
  2. 人材育成や人的資本に関する社内浸透
  3. 人的資本中心の新しい資本主義によるイノベーション


などが挙げられます。指針の役割としては、有価証券報告書や任意開示である統合報告書や長期ビジョン、中期経営計画、サステナビリティレポート等に係る開示媒体の作成での制度開示・任意開示それぞれの質の向上が見込めます。経営者と投資家が情報を共有することにより、人的資本に係る企業・経営者と投資家の関係性が深まることも期待されるといった役割も果たします。

ガイドライン「ISO30414」の重要性と目的

ISO30414とは、国際標準化機構(ISO)が発表した人的資本に関する国際的ガイドラインです。「ISO30414」は、海外企業が人的資本の情報開示を行うようになったきっかけです。ISO30414の目的や指標とする11領域を見ていきましょう。

目的

ISO30414には4つの目的があります。

  • 人的資本の状況の把握

ISO30414は人的資本の現状を把握するために有効な手法と言えます。教育制度や研修制度を実行しても、会社にどれほどの影響を与えたかを図る指標がありませんでした。

ISO30414で自社の状況を把握できることにより。それまで分からなかった自社の現状を客観的な数値として把握できるようになりました。

  • 企業経営のサポート

日本国内だけでなく世界各国の企業の人的資本情報を確認することが世界共通のガイドラインにより可能になりました。国内のみに限らず、国外にも通用する人材戦略を打ち立てることで、グローバル展開を目指す企業にとって大きなメリットとなります。

情報を開示すると会社の透明性や信頼度が高まるため、社外からの信用を得ることができます。そうすることにより、投資家による投資行動にもつながることも考えられます。また、求職者による企業選びの判断材料にもなります。資本の確保や優秀な人材の確保という点でも情報開示はメリットがあります。

  • 人事戦略の実行

中長期的に国際社会で活躍することを目指す企業を例にすると、効果的な人材戦略の実行が重要と言えます。国際社会での活躍には言語能力が必須となりますが、「海外進出に必要な言語能力を持つ人材を獲得する採用活動」や「言語能力を身につけるためのセミナー受講推進」を実施する人材戦略は、コストを必要とします。

コストに見合ったリターンが得られたのかどうかという点が企業の成長に大きな影響をもたらします。とはいえ「どの戦略がどの程度会社に影響を与えたのか」「なぜ影響が出たのか」を分析することは難しいと言えます。そこで、ISO30414に沿って人的資本を明確化し、スキル面の課題点や改善点を見出し、人事戦略に活かすなどの対応が必要です。

  • HRテクノロジーの推進

「HRテクノロジー(またはHRテック)」とは、「HR(Human Resources)」と「Technology」を掛け合わせた造語になります。人事や労務などで用いられるシステムやIT技術のことを指し、人的資本経営にも役立てることができます。

それは、適切なテクノロジーを使うことで、従業員データを把握・管理・分析し、ISO30414に適した情報を開示しやすくなるためです。

HRテクノロジーの活用は、メリットが大きい一方でデメリットもあります。例えば、人事評価をシステム上だけで完結し、定量データだけで判断してしまうことがないように注意が必要です。テクノロジーの活用で効率化をしながら、定量情報と定性情報を掛け合わせることが大切です。

ISO30414が指標とする11領域

ISO30414が指標とする11領域はどのようなものがあるのでしょう。それぞれの項目を見ていきましょう。

  • コンプライアンスと倫理

苦情や懲戒処分の数や種類が含まれます。英語を直訳すると「従う」という意味を持つコンプライアンスですが、ビジネスにおいては「法令遵守」の意味で用いられます。社会的や倫理的に問題の無い規則を守ることがコンプライアンスとされています。具体的な項目はこちらです。

 ・提起された苦情の種類と件数

 ・懲戒処分の種類と件数

 ・倫理・コンプライアンス研修を受けた従業員数

 ・第三者から解決を委ねられた問題の解決

 ・外部監査で指摘された事項の数と種類

社会的信用にも関わる領域のため、重点的に取り組む必要のある項目と言えます。

  • コスト

人件費や採用費などの人事領域のコストの項目があります。

 ・外部労働力

 ・総労働力

 ・総給与に対する特定の職務が占める報酬割合

 ・雇用に関する総費用

 ・一人当たりの採用コスト

 ・社内外からの採用一人あたりのコスト

 ・退職金などの離職費用

人的資本にどれほどの金銭的な投資をしているのかという点を明らかにする上で重要な指標です。

  • ダイバーシティ

性別や国籍、宗教や趣味などの多種多様な属性の人が、同じコミュニティや組織の中にいる状態を指す言葉です。グローバル化に伴って、多様性という注目度も高まっている言葉になります。

 ・年齢

 ・性別

 ・障がい

 ・その他

 ・経営陣のダイバーシティ

多種多様な考えや経験、スキルを持った人が在籍している会社はより多様性に富んでいます。柔軟な事業展開を実現できると言えます。個人の能力やスキルを高めるためには、偏見や差別をなくし社会の多様性に企業も対応していくことが必要です。

  • リーダーシップ

会社の指揮を執る立場にある人のデータを定量化するための領域です。社長などの経営陣に着目した項目です。

 ・リーダーシップに対する信頼

 ・管理職一人当たりが受け持つ部下数

 ・リーダーシップ開発

経営陣への信頼度は数値化が難しく困難であると考えられます。アンケートやミーティングを通して知ることが可能です。会社の成長のためには優れたリーダーを育成することも大切になります。

  • 組織文化

組織文化とは、企業が大切にしたい価値観、文化、強み、フィロソフィー、判断基準など、

組織と従業員との間で共通認識されている価値観や行動規範のことを言いますが、

 ・エンゲージメント/満足度/コミット

 ・従業員の定着率

といった項目をKPIとして掲げ、測定することができます。

定量データを収集することで、改善策の検討や組織文化の浸透施策への取り組みを検討することができます。

  • 組織の健康、安全、福祉

働く従業員の安全性を保証する目安となる指標の項目です。

 ・ケガ等の労災により失われた時間

 ・労災の件数(発生率)

 ・労災による死亡者数(死亡率)

 ・健康・安全研修の受講割合

さまざまな業種がある中でも、工場や工事現場での作業が多い製造業や建設業では特に重視される項目と言えます。

  • 生産性

会社の成長に直接かかわる重要な指標で、事業の売上や利益率などを測るために用いられます。

 ・従業員一人あたりEBIT/売上/利益

 ・人的資本ROI

定点観測する際にも役立つ項目と言えます。

  • 採用・異動・離職

人的資本経営において、優秀な人材の獲得や必要なスキルを持つ人材を適切なポジションに配置することはとても重要な施策と言えます。 

 ・募集ポジション当たり書類選考通過者

 ・採用した従業員の質

 ・採用に要する平均日数

 ・重要ポストが埋まるまでの平均時間(期間)

 ・将来必要となる人材の能力の評価

 ・内部登用率

 ・重要ポストにおける内部登用率

 ・重要ポストの割合

 ・全空きポストにおける重要ポストの空席率

 ・内部における異動数

 ・幹部候補の準備度(従業員層の厚さ)

 ・離職率

 ・自発的な理由による離職率(自主退職)

 ・退職の理由

このような項目に着目して社内の人材の配置などの問題点を洗い出すことが必要です。例えば、過去に離職した従業員の原因と部署の関係を深掘りすることができれば、どの部署にどの人材が適切かを判断する材料にもなります。

  • スキルと能力

人材育成のために会社がどれほど積極的に取り組んでいるのかを推察することができます。社内での働きかけだけでなく、従業員がどれほど参加しているのかという点も確認できます。

 ・人材開発・研修の総費用

 ・研修への参加率

 ・従業員一人当たりの研修の受講時間

 ・カテゴリー別の研修受講率

 ・従業員のコンピテンシーレート

求職者が就業先を選択する際にも参考にする、重要な指標の項目です。

  • 後継者育成

持続的な会社経営のために欠かせない要素の一つと言えます。中長期的な視点から経営者候補の成長度合いを図ることができる項目です。

 ・内部の継承率

 ・後継者候補準備率

 ・即時継承する場合の後継者の継承準備度

 ・今後1~3年、または4~5年以内に継承する場合の後継者の継承準備度

後継者不足によるM&A業界の活性化が見受けられる近年ですが、後継者を正しく育成することができれば、事業を譲渡せずに継続運営をすることができます。

  • 労働力確保

企業が保有している労働力を数値化した項目です。フルタイム勤務やパートタイム、委託契約者などの外部労働力も定量化することが可能となります。

 ・総従業員数

 ・フルタイム勤務者およびパートタイム勤務者の総従業員数

 ・フルタイム当量(FTE)

 ・独立事業主などの臨時労働力

 ・派遣労働者などの臨時労働力

 ・欠勤状況

会社全体がどれくらいの労働力を確保しているのかが確認できます。

まとめ

人的資本についての考えが深まってきている中で、人的資本経営の指標を見直す企業も増加しています。経営の指標を見なおすために役立つのが、ISO30414です。ISO30414に則り、人的資本について明確化を行うことで、企業価値の把握や整理をすることができます。

また、情報開示をすればステークホルダーからの信頼度が上がり、資金確保に繋がるメリットがあります。会社の成長や生産性を高める点でも、ISO30414に沿って情報開示をすることは大変重要と言えます。