人的資本経営とは、従業員を企業の重要な「資本」として捉え、その資本を最大限に活用し、中長期的に企業価値を向上させるための経営手法です。

その中でも「リスキリング」は政府からの後押しもあり注目されています。経済産業省はリスキリングを「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と定義しています。

つまり社会全体としても人的資本の価値を上げる一環としてリスキリングの重要性が高まっています。

この記事では、「リスキリング」とは何か、また、注目が集まる理由について説明します。また、DX時代の人材戦略である「リスキリング」の重要性や取り組みについて解説します。

人的資本経営_リスキリング

人的資本経営とリスキリング

日本における「人的資本経営とリスキリング」は、経済や労働市場の変化に対応し、企業の競争力を強化するための重要な取り組みとされ、企業で働く従業員のキャリア形成においても会社側の積極的な支援が欠かせません。

人材版伊藤レポート2.0においても「リスキル・学びなおしのための取組」という項目があり、経営環境の急速な変化に対応するためには「社員のリスキル」を促す必要がある、と書かれています。

「伊藤レポート」について詳しく知りたい方は、下記も参考にしてみてください。

関連記事『人的資本経営に欠かせない伊藤レポートとは? 概要とポイントについて紹介』

また、2022年10月に岸田首相が「リスキリングの支援に5年で1兆円を投じる」と所信表明演説で述べたことを受けて、リスキリング(学び直し)を通じた「人への投資」に関する注目度が高まっています。

さらに、2023年3月にはリスキリングを通じたキャリアアップ支援事業としての助成制度の整備も進められています。

リスキリングとは?

リスキリングは「リスキル(reskill)」と呼ばれることもあり、人的資本経営の実践において、急速な技術革新やDX推進、経済の変化によって新たなスキルや知識が求められる時代の影響もあり注目が高まっています。

企業が従業員に新しいスキルを習得させることで、変化する環境に適応し、持続的な競争力を確保する手段として、リスキリングが重要視されているのです。

従業員の能力開発、スキル向上によって組織全体の生産性が向上すると、従業員のモチベーションやエンゲージメント向上にも寄与し、人材の定着や組織の持続的な発展にも繋がります。

引用:『DX時代の人材戦略と世界の潮流-2021年2月26日リクルートワークス研究所』

リスキリングに似た用語として「リカレント教育」がありますが、リカレント教育とは、「社会に出てから一度仕事を離れ、大学などで教育を学びなおしてから、仕事に戻る」という、新しいことを学ぶために「職を離れる」ことが前提になっており、本人の意志によるスキル獲得を意味します。

リスキリングが注目されている背景

GoogleTrendsによると、2022年以降の「リスキリング」というワードの検索数が急激に増えており、日本国内においては近年注目され始めたことがわかります。

リスキリングが注目されている背景として、DX推進や生成AI技術の進化により、デジタル人材の育成が急務になっていることも後押しの要因になっています。特に直近ではAIの発達やシンギュラリティが注目されており、ChatGPTをはじめとした驚異的な技術革新が起こっています。

テクノロジーの導入により自動化が加速し、雇用が失われることを防ぐという社会課題の解決として、海外を中心に「リスキリング」への取り組みが広まりました。

HR総研のリスキリングに関するアンケートによると、大企業の8割以上は人材戦略としてリスキリングに「取り組む必要がある」と回答したため、国内の企業においても注目が高まっていることがわかります。

参考:ProFuture株式会社/HR総研『リスキリングに関するアンケート 結果報告』

リスキリングのメリット

企業がリスキリングの取り組みを行うメリットはいくつかありますが、ここでは2点に絞ってご紹介します。

新しいアイデアや事業の創出

従業員が新しいスキルや知識を習得することができれば、新しいアイデアや事業が生まれやすくなります。具体的な例として、ビニール製のエアー遊具を使ったイベント事業を行う株式会社ワン・ステップは、オンライン研修制度などを導入してリスキリングに取り組んだ結果、若手従業員を中心に展開された新規事業が1億円以上の売上を上げることに成功しました。

このように新たなスキルや知識の習得によって従業員の視野が広がるため、斬新なアイデアを生みだす可能性が高まると言われています。

参考:中小企業庁「人的資本への投資と組織の柔軟性、外部人材の活用『事例2-2-3:株式会社ワン・ステップ』」

業務の効率化

ビジネスの効率化において欠かせないこととして、DX化は避けて通れませんが、リスキリングで習得した技術をきっかけにDXの推進も期待できます。

例えば、ノーコードの業務ツールを活用してカスタマーサポートの業務を効率化させたり、LINEやメールの簡単な問い合わせに対して顧客対応の一部自動化や、チャットボットを使った自動返答を行うなど、DX推進により業務効率を向上させる企業も出てきています。ただしこのようなDX化にはスキルを持った人材が必要です。そういった人材を「リスキリング」で育成することも可能になります。

リスキリングに関する調査結果

人材業界の企業が様々なリスキリングに関する調査を実施していますが、ここでは2022年10月に日本総研が実施した『リスキリングに関する調査結果』をご紹介します。

参考:日本総研『人的資本経営概論 ~リスキリングに関する調査結果(前編)』

参考:日本総研『人的資本経営概論 ~リスキリングに関する調査結果(後編)』

調査概要

従業員のリスキリングの実施状況およびリスキリングを促進する要素を把握することを目的とし、従業員規模300名以上の企業に勤める従業員3,000名を対象にしたウェブアンケートを実施しました。アンケートでは、週の学習時間、学習内容、職場環境、人材育成制度、異動経験等に関した質問をしています。

調査結果

日本総研は、質問した項目ごとにいくつかの調査結果を公表していますが、ここでは「年代別の学習時間の増加理由」についてご紹介します。調査結果は下記のとおりです。

20代
(N=135)
30代
(N=126)
40代
(N=88)
50代
(N=94)
学ぶ目的ができたから51.9%54.8%63.3%60.7%
学ぶインセンティブができたから38.5%43.7%31.6%22.6%
会社から評価されると感じたから38.5%36.5%23.5%16.7%
時間的な余裕ができたから29.6%38.9%28.6%22.6%
同じ会社の社員から学ぶ習慣ができたから17.8%8.7%15.3%4.8%
金銭的な余裕ができたから4.4%4.0%5.1%0.0%
その他3.0%0.0%4.1%4.8%

総論

どの年代においても「学ぶ目的ができたから」と回答した比率が最も多いことが分かりました。このことから、自ら学ぶ目的を見つける内発的動機付けが、リスキリングに必要とされることが分かります。一方で、20代~30代においては、約4割が「学ぶインセンティブ(給与やキャリアアップ)ができたから」と回答していることから、若い世代とっては外発的動機付けも重要であると言えます。

人材戦略におけるリスキリングの重要性

リスキリングには、「新しいスキルを自ら身につけること」以外にも、「スキルを身につけさせる取り組み」という意味があります。人的資本経営においては後者の意味を表し、企業が主体となり、従業員に新たなスキル習得を促していくのが特徴です。

人的資本経営にリスキリングが欠かせない理由

リスキリングは企業の持続的な成長と競争力を確保するために欠かせない要素です。経済産業省が2022年5月に公表した「人材版伊藤レポート2.0」においても、人的資本経営を実践する上で重要な要素5つのうちの1つとして、リスキリングを挙げています。

人的資本経営におけるリスキリングは、他の重要な要素でもある「従業員エンゲージメント」や「知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」などとも密接に関わっています。例えば、リスキリングによって能力や専門スキルを磨き、自身の成長を実感することで従業員のエンゲージメントも上がり、ひいては組織全体の生産性向上にも繋がります。

よって、リスキリングの導入は人的資本経営の実践に欠かせない人材戦略の1つと言えるのです。

関連記事『人的資本経営に欠かせない伊藤レポートとは? 』

リスキリングの導入ステップ

リスキリングを導入するには、大きく分けて5つのステップがあります。

  1. 調査:事業内容を参考にして習得するべきスキルを調査
  2. 検討:実施方法や研修内容、プログラムを検討
  3. 学習:リスキリングに必要な教材、研修、学習時間の提供
  4. 実践:リスキリングで得た知識・技術を業務に活用
  5. 検証:実践した内容をもとに効果検証を行う

この5つのステップのPDCAを回すことで効率的に導入ができます。一方的なリスキリングの押し付けにならないように、従業員の意見を正しく反映しながら導入することが重要です。

リスキリングの課題・注意点

リスキリングにはメリットだけでなく、デメリットもあります。新しいスキルを習得したことにより転職及び退職してしまうケースもあり得るということです。終身雇用制度が崩壊したと言われる昨今において、新たなスキルを活用する場が今いる環境だけとは限りません。

リスキリングを実施するということは社内外問わずに、新たな活躍の機会を与えることを前提として推進することが重要です。従業員に新たなスキルを身につけてもらいつつ、自社で長期間にわたって能力を発揮してもらうためにも、適切なタイミングでの待遇の見直しや、希望に沿ったキャリアプラン実現の支援を行っていく必要があります。

リスキリングの導入事例

リスキリングを導入した企業の事例としてベネッセホールディングス(以降、ベネッセ)の取り組みを紹介します。ベネッセは通信教育で培ったスキルやノウハウを活かしてリスキリングを実施しており、社員に投資した研修費と研修時間も外部に公開しています。

具体的な取り組みとしては、ビジネススキルの学習に役立つサービス「Udemy」の社内導入などを通じてデジタルの知見を深める学びを提供するなど、社員のリスキリングを推進しています。

このような取り組みによって、社員の成長が企業・事業の成長につながる「ラーニングカルチャー」の風土醸成に注力した結果、社員のキャリア形成や活躍機会の提供を志向している企業を表彰する「第4回プラチナキャリア・アワード(2022年6月17日)」の優秀賞を受賞しています。

参考:ベネッセホールディングス『人材の育成』

まとめ

リスキリングは人材育成の観点はもちろん、企業の持続的な成長と変革力にも関連し、「人的資本経営」に欠かせない要素です。従業員が新たなスキルを習得し知識を活用することで、仕事の幅が広がり、組織内での創造的な取り組みやイノベーションが生まれやすくなります。

特に近年のテクノロジーは目まぐるしい発展を続けているため、リスキリングの重要性は更に増していくと考えられます。企業が従業員の成長を促すために「リスキリング」を後押しする一環として、従業員同士が互いに学び合う場を設けるなど、人材育成戦略の強化も必要となってくるでしょう。人材を資本と捉え、従業員のキャリア成長支援や挑戦できる環境整備を検討し、他社の事例や導入ステップを参考にしながら、リスキリングの取組を推進してみてはいかがでしょうか。