働き方改革が進められている現代において改めて注目しなければならないのが「人的資本経営」であり、この経営方法を理解する上で参考にするべき資料が「人材版伊藤レポート」という報告書です。

人的資本経営の基礎知識だけでなく、経営に取り入れる必要性を理解する上で非常に重要な報告書ですが、関係資料を含めるとPDF200ページ以上に及ぶ報告書のため、そもそも要点が理解できなかったり、どのように取り入れるべきか分からないという方もいます。

そこでこの記事では、人的資本経営の基本的な知識に加えて、人的資本経営の重要性、そして企業が「人材版伊藤レポート」をどのように活用していくのか、といった点を解説していきます。

伊藤レポートとは?

人的資本経営とは

人的資本経営とは、人材を「資本」とみなす経営のあり方のことです。

例えば、従来の経営では、人材育成にかかる費用は「コスト」とされていましたが、これを「投資」として捉えるのが人的資本経営です。

2人に1人は転職を経験していると言われる近年では「終身雇用による人材の囲い込み」ではなく「組織と人材が互いを選び合う」時代に変わっており、「個」を重視することが、これからの時代のスタンダードだといえます。

この時代背景から、経営戦略の一つとして企業は人材を「投資対象」とみなし、企業の成長に向けたビジョンに組み込むことが重要となります。

これにより従業員の持つパフォーマンスを最大限発揮することに繋がるだけでなく、企業で働く従業員から新たな企業価値が創造されることも期待できます。以上の点から、人的資本経営は企業成長に欠かせない視点・考え方だといえます。

人的資本経営について、詳しくはこちらをご覧下さい。

伊藤レポートとは

伊藤レポートとは経済産業省が公表した報告書のことで、一橋大学教授の伊藤邦雄氏が座長を務めた“企業が持続的成長をするために投資家との関係構築を目的にしたプロジェクト”の内容をまとめたものです。

伊藤レポートには、停滞した日本企業が「持続的な成長」をするためには投資家との共創が必要であることが提言されています。

具体的には株主基本コストを上回るROE(自己資本に対する利益の割合)を目標とすること等が挙げられています。この伊藤レポートは2014年8月に公表されました。

2017年10月にアップデート版「伊藤レポート2.0」が公開され、初期の伊藤レポートの内容が、より具体化されています。

人材版伊藤レポートとは

人材版伊藤レポートとは、2020年9月に経済産業省から公表された報告書のことで、前述した伊藤レポートとは違い、「人的資本」に焦点を当てたレポートです。

この報告書ではサステナブル(持続可能)な経営と人的資本について扱った研究会で議論された内容が記載されており、変革の方向性や企業の経営陣が果たすべき行動、また人的戦略において必要不可欠である3つの視点と5つの共通要素が提言されています。

この報告書が公表されたのがコロナウイルス感染症が猛威を振るっていた時期でもあり、社会の変化に応じて変革を求められる企業が従来のやり方を脱して、新たな局面へ向かわなければならないことが、改めて強く主張されています。

人材版伊藤レポート2.0とは

2020年9月に公表された人材版伊藤レポートを更に具体化したものとして、2022年5月に公表されたのが「人材版伊藤レポート2.0」です。

最初の人材版伊藤レポートの時点で提案がなされた「人的資本経営」におけるノウハウをより具体化し、実践的な内容を扱うことで企業が行動に繋げやすいものとなっています。

例えば、企業が中長期的な視点で成長するためには個人がイノベーションを生み出し続けることが重要であり、個人の多様性を促進する必要があると提唱しています。

具体的には、人材戦略の策定及び実行にあたり、CHROだけでなく経営トップ5C(CEO、CSO、CHRO、CFO、CDO)を含めた上層部全体で連携しながら積極的に取り組むのが重要であることを挙げています。

また、企業にとっての目標と現在位置のギャップを正確に把握しポートフォリオを組み立てる「As-is / To-Be分析」の重要性も説かれています。このように人材版伊藤レポート2.0では、企業が人的資本経営を「理想」とするのではなく「確実に実践する」ために欠かせないポイントがまとめられています。

人材版伊藤レポートが公表された背景

人材版伊藤レポートが公表された背景には、日本(または世界)の企業が抱えている人材戦略に大きな変化が求められる時代になりつつあることが関係しています。

実際のところ、コロナ禍により、企業と人材の間にある溝が深くなってしまいました。

どれだけ企業が大きなビジョンを掲げたとしても、人材(従業員)がビジョンに向けた行動を取れなければ絵に描いた餅となってしまうため、将来に向けて改めて「人材」は会社にとっての資本(投資対象)であると認識されています。

こうした背景があるため、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」が実施され、当報告書がまとめられています。

人材戦略へ人材版伊藤レポートを応用するには?

最後に、人材戦略へ人材版伊藤レポートを応用する3つのポイントについて解説していきます。

従業員が時間や場所に囚われない働き方をする

出社が当たり前であった日本においても、コロナ禍によってリモートワークは大きく前進しました。「時間や場所に囚われない働き方」は企業の事業継続やレジリエンスの観点から、重要なポイントの一つです。価値観が多様化している現代においては、「リモートワーク環境でも働ける」という柔軟な考え方を推進していくことが重要です。

これにより従業員の意欲やモチベーションの向上が望めたり、海外在住の人材を確保できたりするなど場所に囚われずに人材を採用できます。

リスキリングに力を入れる

同じく人的資本経営に欠かせないポイントとして挙げられるのが「リスキリング」です。例えば、就職・転職に有利に働く資格を取得するために改めて勉強することや、会社に勤めながら仕事に役立つ資格を取得するための学習を行うことなどが、リスキリングに含まれます。

従業員だけでなく上層部も含めて会社全体でリスキリングを行うことで、業務における世代間の齟齬を解消できます。また人事部門が個々のスキルを可視化することで、個人の能力に応じた異動や配置の検討が容易になります。

従業員エンゲージメントを高める

エンゲージメントとは一言で表すと「誰か・何かに貢献しようとする志」であり、これが高まることにより従業員は企業に「働かされている」のではなく、能動的に「自ら進んで業務に取り組む」ようになります。

従業員エンゲージメントを高める方法として、適切な評価制度を作ることやフレックスタイム制度の導入などが挙げられます。従業員エンゲージメントを高めることができれば、結果的に生産性の向上や企業としての価値を高めることができます。

まとめ

企業がこれから人材戦略を進めるうえで、人的資本経営のノウハウが詰まっている「伊藤レポート」は有用な指標であり教科書です。

企業が人的資本経営を推進するためにも、ご紹介した「人材版伊藤レポート」に書かれている3つのポイントをおさえることで、人材戦略を加速させる取り組みを始めてみてはいかがでしょうか。