人的資本経営は、働き方改革の推進や社会全体でESGを重視する傾向が高まったことなどが影響して注目されるようになった経営スタイルです。近年、多くの経営層から注目され続けている人的資本経営は、企業に取り入れることでどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

本記事では、人的資本経営のメリットや企業価値を高める方法、実践方法などを詳しく解説します。

これから自社でも人的資本経営に取り組んでみたい、人的資本経営に関する基本的な知識を身につけたいという経営層の方はぜひ参考にしてください。

人的資本経営のメリットは?

人的資本経営が求められる背景

近年「人的資本経営」という言葉を耳にする機会が増えましたが、それが注目されている背景・理由について正しく理解している人は少ないのが現状です。

ではなぜ、人的資本経営が幅広い企業で実施されるようになったのでしょうか。

人的資本経営が求められるようになった背景としては主に2つあります。

それは「働き方改革の推進」と「ESG投資の重要性が高まったこと」です。

働き方改革の推進については、労働者のライフスタイルの多様化や労働人口の減少、非正規雇用の増加などによってリモートワークや在宅勤務、フレックスタイム制の導入、外国人労働者の採用などを積極的に実施する企業が次々に増加しました。

このように労働スタイルが変化する中で各企業が将来的に事業を継続していくためには、「人」を資本と捉えて個々の個性や特徴、価値観を尊重し、人材を組織に定着させていくことが重要であるという考え方が広まりました。

もう一つの背景は、ESG(Environment、Social、Governance)投資の急増です。近年ではこのESGが、企業の評価にもつながる重要な指標ともなっています。

ESGを構成している3つの要素のうち、人的資本はSocial(社会)とGovernance(企業統治)に含まれています。このことから投資家の中で企業に対して人的資本に関する詳細情報の開示を求める声が高まり、人的資本経営に取り組む企業が増加しています。

人材は企業が事業を展開し継続していくために最も欠かせない存在です。人的資本経営の考え方が広まれば、より多くの労働者が働きやすいと思える労働環境を実現でき企業にとっても様々な利益が生まれるでしょう。


人的資本経営のメリット

先ほど、人的資本経営の考え方が社会全体に浸透することで企業側と労働者側の双方にメリットを与えるという説明をしました。

人的資本経営に取り組むことは、企業に対して具体的にどのような影響を与えるのでしょうか。人的資本経営における主な4つのメリットを解説していきます。

人的資本経営が注目されるようになった2つの背景と下記の4項目とは密なつながりがあるため、双方を合わせてみていくことでより理解を深めることができます。

  • 投資対象としての認知
  • ブランディング
  • 企業価値の向上
  • 生産性の向上

投資対象としての認知

1つ目は世間的に認知度が低い企業であっても、投資家から投資対象としての認知度が高まるということです。人的資本経営を適切なやり方で実施し従業員の価値や個性が最大限に発揮されている企業は、投資家から高く評価されるようになります。

そのため多くの投資家から注目を集め投資対象としての認知される可能性が高まるというメリットが生じます。自社の人的資本経営が高く評価されることで、なぜ投資対象としての認知が高まるのでしょうか。

その要因としては現代社会においてESGが拡大し、それに伴って投資家が企業を評価する上で人的資本が重要指標であるという考えが広まったことが考えられます。自社を投資対象として認識する投資家が増加することで企業にさらなる好循環をもたらします。

その具体例としては現在取り組んでいる事業の拡大や新規事業の展開、新製品・サービスの開発などです。

また自社への投資額が増えることで人材投資にも余裕を持てるようになるため、従業員のスキルや技術力の向上、優秀な人材の確保にもつながります。人的資本に関する情報開示は「人的資本可視化指針」の内容に沿って適切にかつ詳細に開示していくことが、投資家からの評価を上げる大切なポイントになります。

ブランディング

人的資本経営を適切に取り入れ従業員や投資家から高く評価されることで、企業ブランディングの向上につながるというメリットがあります。

ブランディングとは独自ブランドや事業を展開している幅広い企業において重要なマーケティング戦略の一つであり、自社ブランドのコンセプト・思いに対する共感などを通して自社の価値・優位性を高めていくことです。

最近では数多くの企業が次々と新製品・サービスをリリースし差別化が難しくなっているため、ブランディングの重要性は高まっています。人材の投資に注力し個々の能力や価値を最大限に活用できている企業は、投資家だけでなく社会全体から高評価を得られる可能性が高いです。

その結果、多くの人からの共感を呼び企業ブランディングの成功につながるでしょう。企業ブランディングが向上することで売上や利益の拡大、社会的信頼度の向上、優秀な人材の採用、従業員との信頼関係構築などにつながります。人的資本経営に取り組むことは、重要なブランディング戦略の一つと考えてもよいでしょう。

企業価値の向上

企業が人的資本経営に適切に取り組むことで得られる3つ目のメリットは、自社の企業価値が向上することです。ここでいう企業価値とは、資産などの経済的価値だけでなく事業の価値や従業員に対する取り組みなど総合的な社会的価値のことを意味します。

企業価値を高めることは企業の倒産を防止したり、M&A(Mergers:合併、Acquisitions:買収)で有利になったり金融機関からの融資が受けやすくなるなど数多くのメリットがあります。

資本となる従業員に対して積極的に投資することにより、個々のスキルアップだけでなく業務に対するやりがいや意欲向上、高いモチベーションの維持といったエンゲージメントの向上にもつながります。従業員の満足度が高まり企業側との良好な関係が構築できることで、企業の離職率低下にもつながるというメリットがあります。

投資家に対して人的資本に関する情報を開示するとき、自社が従業員に対してどのように投資しているか、従業員の定着率、離職率など細かい情報を求められることになります。適切な情報開示を行い従業員に向けた取り組みが高く評価されれば、将来性のある企業として認識され企業価値が高まっていくでしょう。

生産性の向上

人的資本経営による4つ目のメリットは、企業全体の業務効率化と生産性の向上が実現できることです。従業員への投資額が増えることで個々のスキルアップ、新しい優秀な人材の確保が可能になります。個々のレベルが高まることは企業全体の業務効率化につながり、自社の生産性が向上するというメリットが生じます。

生産性が向上することは、従業員の人手不足解消や離職率の低下、帰属意識の向上にもつながるなどさまざまな好循環をもたらします。

このように人的資本経営に取り組むことは長期的にみてさまざまな利益をもたらすことになります。自社自体の社会的認知度が低い、社会的信頼度に自信がない、社内の業務効率がよくないなど経営上の課題を抱えている企業は、人的資本経営を取り入れることをおすすめします。

人的資本の取り組み方

実際、どのような手順で人的資本経営を取り入れたらよいのでしょうか。

下記では、人的資本経営の取り組み方を順序に沿って解説していきます。これから人的資本経営を取り入れる予定がある企業の方は、下記で紹介する基本的な順序に沿って進めていくとよいでしょう。

  • 現状と目標とのギャップを確認
  • 目標に向けて現状を分析
  • 施策を実行して検証

現状と目標とのギャップを確認

人的資本経営に取り組む上で最も意識すべきポイントは、経営と人材を連動させながら課題を明確にしていくことです。

それぞれの課題を抽出し目標設定ができたら、現状と目標とのギャップを確認しましょう。現在の姿と理想の姿とのギャップを確認するときは、できるだけ定量的に把握することが大切です。定量的に把握することで、今後実施すべき施策の考案や実行がしやすくなるなどPDCAを効率的に回していく上で様々なメリットが生まれます。

目標に向けて現状を分析

前のステップで現在の姿と目標とのギャップが明確になったら、次はそのギャップを埋めて目標を達成するために必要な施策を分析していきます。

このときは理想としてイメージしている姿から逆算して考えることで、より効果的な施策を考案することができます。例えば従業員の教育に対する積極的投資、経営課題を解決するための優秀な人材の確保、待遇改善などが施策の具体例として挙げられます。

施策を実行して検証

後は前のステップで考案した施策を実行し、その後はしっかり効果検証を行います。どのような企業においても効率的に目標を達成していくためにはPDCA(Plan:計画、Do:計画、Check:評価、Action:改善)を意識し効果的に回転させていくことが重要ポイントです。

施策を実行した後はその施策によってどのような変化が生まれたのか、目標にどれくらい近づいたのかなどを定期的に評価していきましょう。施策の実行結果を評価した後は、今後さらに理想の姿に近づくためには何が必要かなどの改善策を考えていくことが大切です。PDCAを定期的に回して改善を繰り返していくことが目標達成への近道です。

人的資本経営で価値を高める方法

先に企業価値を高めることでいくつかのメリットが生じるという解説をしました。実際企業価値を高めるには何をしたらよいのかと疑問に思っている方も多いと思います。

下記では、企業が人的資本経営で価値を高める方法について4つ解説します。下記の4項目については、自社の経営課題や人材課題に合わせて優先順位をつけながら実行していくことをおすすめします。

  • 経営戦略を基盤とした人材戦略
  • 役割・権限の明確化
  • 従業員のスキルを把握
  • 場所を問わない働き方

経営戦略を基盤とした人材戦略

まず基本的な方法が経営戦略をベースにした人材戦略です。

経営課題の中で優先度が高い課題とその目標を明確化して、それを達成するための人材課題や戦略を考案する必要があります。

具体的には自社の経営課題を解決し目標達成するためにはどのような人材を何人確保する必要があるのか、現在雇っている従業員をどのように教育する必要があるのかといった視点で展開していくことが大切です。

順序としては具体的に求める人物像や必要なスキルを整理してから、採用活動や資格の取得援助など具体的な取り組みを進めていきます。

役割・権限の明確化

従業員一人ひとりの役割や権限は明確になっていますでしょうか。現在働いている従業員に必要な知識やスキルを明確にするためには、人材の役割と権限を整理することが大切です。

必要なスキルや知識が明確化すれば、それを取得するための育成計画を迅速かつ効果的に立てることができます。育成計画・プロセスが具体的であるほど、従業員側も会社がどのような人材を必要としているか、自分に何が求められているか、現在の自分には何が不足しているのかなどを明確に理解することができます。

従業員のスキルを把握

所属している従業員の個々のスキルについて細かく把握できていますでしょうか。従業員一人ひとりが本来の価値やパフォーマンスを最大限発揮しモチベーションアップしていくためには、配置部署や担当業務を適切にしていく必要があります。

適した人材を最適な場所に配置していくためには、従業員とマンツーマンでコミュニケーションをとる機会を設定したりフィードバックしたりする体制を整えて個々のスキルを適切に把握していくことが大切です。配置や評価を実施するときは、会社で定めた客観的な基準を活用して詳細に説明していきましょう。

場所を問わない働き方

最近では企業の働き方改革が積極的に進められています。そのような社会の中では場所や時間を問わない働き方も、人的資本経営に取り組む企業が自社価値を高めていく上で重要なポイントになります。個々の多様なライフスタイルに合わせた働き方の実現は、事業を継続的に展開していくことにもつながります。

多様な働き方の具体例としては、フレックスタイム・コアタイム制の導入、リモートワーク・在宅勤務の実施、長時間労働の削減、育児休暇の取得促進などがあります。このように働き方が大きく変化する中でも、従業員同士や経営層が積極的にコミュニケーションをとり効率的に業務を遂行していけるような仕組み作りが求められます。

まとめ

今回は人的資本経営が進められている背景や人的資本経営を実行することによる4つのメリット、具体的な取り組み方、企業価値を高める方法・ポイントなどについて徹底解説しました。

ここまでの解説で、人的資本経営に関する基本的知識や実際の進め方などについて理解が深まりましたでしょうか。人的資本経営は、近年多くの企業で働き方改革が進められていることやESGの重要性が高まったことなどが影響して注目を浴びるようになりました。人材は企業において必要不可欠な存在です。資本経営は数種類存在しますが、人材投資を積極的に行う人的資本経営は現代社会に生きる多くの人々の考え方に合った経営方法であると言えるでしょう。

企業がこのような人的資本経営に適切なやり方で取り組むことで、投資対象としての認知度が上がったり企業ブランディングにつながったり社内の業務効率・生産性が上がるなどあらゆるメリットや好循環が生まれます。経営する中でそのようなメリットを最大限発揮していくためには、まず自社の経営戦略と人材戦略を密に連動させ、その後は現状と理想のイメージとのギャップを明確にし、それを埋めるための戦略を考案することが大切です。

また考案した施策は実行して終わりではなく、PDCAを回して改善を繰り返し自社の課題などに合わせながら経営の質を上げていくことこそが成功につながる重要ポイントといえます。人的資本経営は将来性の高い経営の在り方です。自社にも今から取り入れてみてはいかがでしょうか。