人的資本の情報開示が義務化されていることなどを理由に、「人的資本経営」の重要性が注目されています。人的資本経営は「人材」を中心とした経営手法ですが、具体的にどのような取り組みが必要なのかあまり知られていません。
産業構造や働き方が大きく変化している現代において、企業の成長には人的資本経営が必要になるとされており、すでに人的資本経営を実践し、成果を挙げている企業もあるようです。この記事では、人的資本経営の先進事例として、株式会社リクルートの取り組みをご紹介します。
目次
人的資本経営とは
人的資本経営とは、人材を「コスト」ではなく投資対象の「資本」として捉える経営手法です。人材が持つ能力を最大限に引き出し、中長期的に企業を成長させ市場価値を高めることを目的としています。どのような企業でも事業を継続し成長を遂げていく上で、人材は最も重要な存在であると言えます。
人的資本経営の取り組み内容については「将来性を判断する指標」として投資家などのステークホルダーが注目しており、人的資本の情報開示を求めるケースが多くなっています。こうした背景から人的資本経営の重要性が高まっていて、政府も日本経済の発展には欠かせない経営手法であると認識しており、リクルートを含むいくつかの企業と連携しながら人的資本経営を推進しています。
リクルートが実践している人的資本経営
リクルートは人的資本経営の基本である「人が資本である」ことを以前から意識していましたが、2021年4月に国内のグループ会社7社が統合するタイミングで改めて人的資本経営の取り組み内容を見直し、人材開発に力を注ぎました。
具体的な取り組み例としては、従業員に「自分は何に関心があり、どこに強みがあって、どんなことにチャレンジしたいのか」という自己理解を深めるためのMBO(目標管理)シートを記入してもらい、目標について議論をする場を設けました。
その他にも、職場環境の改善や正当な報酬を支払うことなどを徹底することで、従業員それぞれが持つ異なる強みを活かしたキャリアを積み重ねていくことができ、個人にも会社にも大きくプラスに働くことを狙いとした取り組みを行っています。リクルートは、キャリア形成の取り組みの一環として、自律的に学ぶ機会を創出するためにオリジナルのオンライン研修プログラムも展開しています。
参考:日経新聞『リクルートが実践する人材開発の取り組みとは?』
リクルートが行った人的資本経営の意識調査
リクルートは日本の人的資本経営を牽引する企業として様々な取り組みを行っています。その一環として、リクルートが行った人的資本経営に関わるアンケートの内容と結果を解説します。
参考:株式会社リクルート「人的資本経営に関する働く人の意識調査(2022)」
概要・目的・調査内容
リクルートは2022年3月に、企業で働く従業員10,459人以上を対象にした人的資本経営に関わる大規模なアンケート調査を実施しました。
人的資本経営を実現するための現状の課題として、経営戦略と人材戦略の連動、人的資本投資の体系的整理、データマネジメント等の課題があることが推測されていました。
これらの課題に対する実態を調査すべく、企業で働く10,459人の従業員から、人的資本経営において重要な「最適な部署配置」や「最適な職務内容」も含めて、どれくらいの自己認識ができているのか、その度合いを調査しました。
6つの項目について
本調査では、人的資本にまつわる従業員エンゲージメント等の状況を把握するために、以下6つの点に関する調査項目が提示され、それぞれ当てはまるかどうかが問われました。
- 今の部署や職場は、自分の知識やスキル・経験を活用する上で最適な配置だと感じている
- 現在任されている仕事は、自分の知識やスキル・経験を活用する上で最適な職務内容だと感じている
- 自分の仕事に関する知識やスキル・経験を言語化して他者に伝えることができる
- 現在の仕事のレベルを高めるためには、どのような知識やスキル・経験が必要かわかっている
- 将来的にやってみたい仕事に就くためには、どのような知識やスキル・経験が必要かわかっている
- 自分の知識やスキル・経験があれば仮に転職することになっても、新しい仕事を見つけるのは難しくないと思う
1から3番目までの質問では、従業員が最適な部署に配属されているかどうか、そして仕事への熱意(従業員エンゲージメント)は高まっているかどうかを把握できます。また4から6番目までの質問では、従業員が現在だけでなく将来への展望を持っているかどうか分かります。
3つの項目について
最後に、従業員自身の意識調査として「人材価値を高める主体者は誰であるか」という質問が提示されました。次のような項目3つのうちどれがもっとも当てはまるかという選択式の回答方法です。
- 働く人の人材価値は、その人自身が高めていくべきである
- 働く人の人材価値は、所属する企業が高めていくべきである
- 働く人の人材価値は、その人と所属する企業が一緒に高めていくべきである
以上の項目によるアンケートが行われたことで、企業としてどれだけ人的資本経営の基盤が強まっているのか確認できます。
調査結果
6つの項目の結果について
「働く人の仕事やスキルに関する自己認識」に関する6つの項目のアンケート結果については、次の表をご覧ください。
凡例 | 当てはまる | やや当てはまる | どちらともいえない | あまり当てはまらない | 当てはまらない |
最適な部署配置だと実感している | 5.5% | 25.2% | 49.2% | 14.3% | 5.7% |
最適なジョブ・アサインメントだと感じている | 5.9% | 26.8% | 48.3% | 13.3% | 5.8% |
スキル・経験等を言語化できる | 8.0% | 33.0% | 40.9% | 13.9% | 4.2% |
現在の仕事に必要な経験が分かっている | 6.9% | 31.5% | 45.5% | 12.0% | 4.1% |
将来の仕事に必要な経験が分かっている | 5.9% | 25.3% | 49.4% | 14.0% | 5.5% |
新しい仕事を見つけるのは難しくない | 5.0% | 20.4% | 49.9% | 16.3% | 8.3% |
引用:人的資本経営に関する働く人の意識調査(2022)『働く人の仕事やスキルに関する自己認識(n=10,459)』
調査結果からは、最適な部署配置やジョブアサイン(仕事の割り当て)を実感している人(当てはまる、やや当てはまる、と回答した人)は全体の約30%しかおらず、企業の人的資本の活性度が低いということが判明しました。
さらに「今の職場が自分にとって最適な配置である」と回答した従業員ほど従業員エンゲージメントスコアが高いこともわかりました。その結果から、人と職務のマッチングをより一層改善する必要があるという課題が浮き彫りとなりました。
その他にも、「新しい仕事を見つけるのは難しくない」と考える人は全体の5%しかおらず、将来の展望を見据えることができていない従業員が大半であることも判明しました。
3つの項目の結果について
「人材価値を高める主体者は誰であるか」に関する3つの項目のアンケート結果については、次の表をご覧ください。
凡例 | 当てはまる | やや当てはまる | どちらともいえない | あまり当てはまらない | 当てはまらない |
1.その人自身 | 12.3% | 40.2% | 39.4% | 6.1% | 2.0% |
2.所属企業 | 5.6% | 28.6% | 51.6% | 11.2% | 3.0% |
3.自身と所属企業 | 13.2% | 36.4% | 41.0% | 6.9% | 2.6% |
引用:人的資本経営に関する働く人の意識調査(2022)『人材価値を高める主体者(n=10,459)』
「当てはまる」と「やや当てはまる」の合計割合が最も高かったのは「1.その人自身」という結果から、人材価値は「所属する企業」よりも「自分自身」で高めるべきであると考える従業員が多いことが明らかになりました。
終身雇用制度が崩壊していると言われる昨今、従業員自身がキャリア自律の必要性を認識していると考えられます。
6つの項目・3つの項目のまとめ
以上の結果を踏まえて、企業と従業員の双方が共同で人的資本を向上させるべきだということが示唆されています。実際のところ、アンケートにおいて「どちらともいえない」と回答した人は多く、そもそも従業員自身が「よくわからない」「自信が持てない」といった感情を抱えていると言えます。
現在の配属部署でどのようにスキルを磨き、力を発揮していけばよいのか、ということを丁寧なコミュニケーションを通じて向き合うことが重要といえます。
人的資本経営コンソーシアムの発起
リクルート代表取締役社長の北村吉弘氏(役職名は2022年8月25日時点)を含めた計7名が発起人となって、2022年8月25日に「人的資本経営コンソーシアム」が設立されました。このコンソーシアムは人的資本経営を推進するために、先進事例の共有や企業間協力に向けた議論、効果的な情報開示の検討などを行うことを目的としています。
リクルートは1960年の創業当初より一貫して「個の尊重」という価値観、そして「価値の源泉は人」という「人材」に対する考え方をもとに事業展開してきたノウハウを活かして、コンソーシアムに企画委員として参加し活動をしています。
参考:株式会社リクルート「『人的資本経営コンソーシアム』に発起人として参画」
まとめ
「人的資本経営」を実践するだけでなく、コンソーシアムの企画委員として日本企業の人的資本経営をリードしているリクルートの取り組みは、参考にするべき点が多くあります。
人的資本経営の実態調査を行うなど、リクルートの事例は、事業規模に関わらず多くの企業にとって有益な情報であると言えます。今後もリクルートは人的資本経営に取り組み、成果を上げていくことが期待されていますので、今後の動向を引き続き注視していきましょう。