人的資本経営に取り組む上で、経営戦略と人材戦略の連動は欠かせません。採用は人材戦略の一つであり、人的資本経営を推進する上で重要な要素です。

今回は人的資本経営における採用の具体的な取り組みやポイントなどを詳しく解説します。

人的資本経営とは|採用との関係

人的資本経営とは人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。

従来、人材は「資源」として管理する対象であり、人材の採用や育成はコストと捉えられてきました。一方、人的資本経営では、人材にかかる費用や時間はコストではなく投資とみなします。

人的資本経営における採用

人的資本経営における採用は投資であり、企業の持続的な価値向上に貢献する重要な役割があります。これまで企業は終身雇用制度や年功序列による囲い込み型のコミュニティでしたが、人的資本経営においては企業と従業員双方が選び・選ばれる関係になることが必要です。

「人材版伊藤レポート2.0」では、“産業や社会構造、価値観など企業や個人を取り巻く環境の変化の中で、企業がさまざまな経営上の課題に直面しているが、これらの課題は人材面での課題と表裏一体である”と述べています。

つまり、採用は経営課題の一つとなりうると同時に人材戦略の一つであり、人的資本経営を実現する上では欠かせない要素です。人的資本経営を本当の意味で実現させていくには、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践していくかが重要となります。

採用に関する人的資本経営の取り組み

経営戦略と人材戦略の連動は、「人材版伊藤レポート2.0」が示した人材戦略に求められる「3つの視点・5つの共通要素」のうち3つの視点に含まれる要素です。

人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素

3つの視点・経営戦略と人材戦略の連動
・As is-To beギャップの定量把握
・企業文化の定着
5つの共通要素・動的な人材ポートフォリオ
・知・経験のD&I
・リスキル・学び直し
・従業員エンゲージメント
・時間や場所にとらわれない働き方
経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~


「人材版伊藤レポート2.0」は、この枠組みに基づいて人的資本経営を具体化させる取り組みや推進する上でのポイントなどを提示する資料です。その中でも「経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み」は最も重要とし、最初に着手すべきと言及しています。

「人材版伊藤レポート2.0」を読み解くと、採用に関する人的資本経営の取り組みとして、以下の2つが挙げられます。

動的ポートフォリオ計画の策定と運用

経営戦略の実現には、必要な人材の量と質を確保して中長期的に維持することが重要です。現時点での人材や人材が保有するスキルだけでなく、経営戦略の実現という将来的な目標から必要となる人材要件を定義して、戦略的に採用・配置・育成を進めることが求められます。

【動的ポートフォリオ計画の策定と運用の手順】

①中長期的な人材ポートフォリオのギャップ分析

まずは、CEO・CHROが中長期的な経営戦略の実現に向けて各事業が中長期的に必要とする人材の質と量を整理します。それをふまえ、現状とのギャップを明確にして人事施策を立案しましょう。

②人材の再配置・採用

人材ポートフォリオのギャップに基づいて、可能な限り早期に社員の再配置や外部からの採用を検討し実行します。採用で失敗しないためにも、必要な人材要件を正しく定義することがポイントです。

③学生の採用・選考戦略の開示

新卒一括採用に限定しない学生採用方針を策定し、学生に開示しましょう。新卒一括採用に限定しないことで、国内外の留学やギャップイヤーで経験を積んだ学生の入社を容易にします。中長期的な人材ポートフォリオの充実につながる採用・選考戦略を策定・開示することで、多様なスキル・経験を持つ人材の採用につながります。

④専門人材の積極的な採用

イノベーション創出や事業の変革に貢献する人材として、博士人材など高度な専門性や自ら課題を設定し解決する独自の構想力をもつイノベーション人材の活用方法も検討しましょう。

動的ポートフォリオの策定は、「As is – To be ギャップ」の定量把握のための取り組みとしても必要です。目指すべき姿「To be」の設定は必要な人材要件の定義となり、採用の基準としても機能します。

知・経験のダイバーシティ&インクルージョンの確保

中長期的な企業価値向上につなげるためには、非連続的なイノベーションを生み出すことが必要です。その原動力となるのは多様な個人の掛け合わせであり、専門性や経験、感性や価値観など知と経験のダイバーシティ&インクルージョンを積極的に取り込むことが求められます。

ただし、多様な人材を採用することだけを目的にせず、いかに既存の従業員や多種多様な人材に活躍してもらうかがポイントです。

【知・経験のダイバーシティ&インクルージョン確保の手順】

①キャリア採用や外国人の比率・定着・能力発揮のモニタリング

イノベーション創出やグローバル展開の加速に向け、多様な知・経験をもったキャリア人材や外国人材の採用を進めましょう。この時、登用すべき地位・役職レベルについて、能力の発揮、活躍できる環境を準備することがポイントです。

②マネジメント方針の共有

知・経験のダイバーシティ&インクルージョンの実現には、管理職が多様な人材を受け入れて組織を運用する能力が必要です。マネジメント方針を共有したり、多様な人材がいる中での組織運用の工夫によって相互に学び合える環境を整備したりと、マネジメント側の意識改革も欠かせません。

ただ多様な人材を採用するだけでは、ダイバーシティ&インクルージョンを確保し人的資本経営に取り組んだとはいえません。採用し、多様性を持つ人材を組織が一体となって受け入れ、個々が能力を最大限発揮できる環境を構築してこそ人的資本経営の実践につながります。

関連記事:人的資本経営におけるダイバーシティ&インクルージョンの重要性

人的資本経営を意識した採用活動とは

人的資本経営を意識した採用活動では、中長期的な視点から、より戦略的な採用が求められます。多様性やイノベーション創出のための専門性を確保するためにも、従来のような新卒一括採用にこだわらず、多様な人材に目を向けて戦略的に選考・採用方法を検討することがポイントです。

戦略的な採用に取り組むためにも、人的資本経営における採用方針や従来の採用との違いを押さえてみましょう。

人的資本経営における採用方針

中長期的な人材ポートフォリオのギャップや将来の事業構想に必要な人材要件に基づき、外部から積極的に採用することがポイントです。とくに、年齢や国籍のような属性的な多様性、多様な知・経験を持つ人材は、外部からの採用によってイノベーションの創出にもつながるでしょう。

しかし、ただ採用を強化するだけでは人的資本経営の取り組みとして不十分です。人的資本経営では人材を「資本」と捉え、投資することで人材を成長をさせる視点に重きをおいているため、採用後の育成・活躍・定着までも見据えた人材戦略が必要です。採用した人材がその後能力を発揮して活躍できるか、定着するかは企業側の対応にも依存します。育成や活躍の仕組みがあるからこそ、社員の定着にもつながるのです。

また、人的資本の情報開示では「流動性」に関する開示事項に採用が関係しています。その中でも採用と関連性の高い開示項目が、離職率や定着率、人材確保・定着の取組の説明です。ステークホルダーに向けて、人材の採用から定着の取り組みについて情報開示し、人材育成や活躍、定着を見据えた人材戦略設計も必要です。

従来の採用との違い

従来は人材を「資源」と捉え、人材にかかるお金はすべて「コスト」とみなされていました。しかし、人的資本経営において人材は「資本」であり、「投資」と捉えます。つまり、採用は「コスト」ではなく「投資」なのです。

従来のように新卒一括採用でコスト削減を図ることを目的にするのではなく、企業の中長期的な価値向上に必要な人材を獲得することを目的に採用に取り組むことが大切です。多様な知・経験を持った人材が必ずしも新卒にいるとは限らず、外国人材やギャップイヤーにより自己研鑽を積んだ人材は、画一的な採用手法では獲得が難しいでしょう。新卒一括採用を廃止する必要はありませんが、同時に多様な採用・選考戦略を策定することが必要です。

人的資本経営を実現するための採用活動のポイント

人的資本経営を実現するための採用活動にあたって、以下のポイントに着目してみましょう。

自社の求める人材要件を再定義する

経営戦略を実現することを目的に、中長期的な視点から人材要件を定義することが不可欠です。求める人材要件が正しく定義できないことには、採用の成功も難しいでしょう。

まずは、経営陣が各事業で中長期的に必要とする人材要件を定義し、その質と量を整理することが第一ステップです。次に、定義した人材要件と現状とのギャップに基づき、既存社員の再配置で補えないものは、外部からの採用を検討して実行しましょう。

知と経験のダイバーシティや女性の活躍、年齢や国籍といった属性的な多様性、イノベーション創出のための専門性にも着目して人材要件を検討することがポイントです。

カルチャーフィットを取り入れる

カルチャーフィットとは、企業文化・風土に人材がフィットしている状態です。また、求職者の価値観と企業文化とのマッチ度を採用基準とする採用手法としての意味もあります。

人材戦略に求められる「3つの視点・5つの共通要素」のうち、3つの視点の一つに「企業文化への定着」があります。「人材版伊藤レポート」でも“企業文化は人材戦略の実行プロセスを通じて醸成されるものであり、いわば人材戦略のアウトカムとも言えることから、人材戦略を策定する段階から、目指す企業文化を見据えることが重要である。”と述べられています。

カルチャーフィットは企業文化の定着を効率的に行える採用手法であり、企業文化・風土にフィットしているかが採用基準となるため、入社後に従業員が企業の文化に定着しやすくなります。人材戦略を策定する段階には採用も含まれているため、採用段階で企業文化への定着を意識することもポイントの一つです。

対等に対話を行う

人的資本経営では、終身雇用や年功序列といった「囲い込み型」から「選び、選ばれる関係」となる雇用コミュニティの形成が求められています。そのためには、選考の中でも企業側が一方的に求職者を見極めるのではなく、双方が対等な立場で対話を行うことで選び・選ばれる関係を構築することが必要です。求職者が入社後にどう成長できるか、どういったキャリアパスを描けるかを提示することは、求職者の志望度を高めて採用後のミスマッチを防ぐためにも有効です。選ばれる企業になるためにも、求職者が入社後の活躍までをイメージできるような対話を意識しましょう。

まとめ

人的資本経営とは、中長期的に企業価値を向上させるための経営のあり方です。人的資本経営を推進する上で経営戦略と人材戦略の連動は最も重要であり、人材戦略の一つである採用は重要な役割を担います。
まずは将来の事業構想や経営戦略をふまえ、必要な人材要件を正しく定義することが大切です。その上で、必要な人材を獲得するための採用・選考戦略を策定しましょう。採用だけを強化するのではなく、採用後の育成や定着も見据えた採用方針を意識することがポイントです。経営戦略に基づいた人材戦略から、自社に適した採用戦略を構築しましょう。