「人的資本経営」とは人材を資産とみなし、人材の価値を高める経営手法であり、「リスキリング・学びなおし」「ダイバーシティ」「働き方の多様性」などを重要視しています。その中でも重要な要素として「エンゲージメント」があります。

この記事では、人的資本経営におけるエンゲージメントとは何か、エンゲージメントを定義し、人的資本経営を成功させるにはどう要素が必要なのか。またエンゲージメントを高める方法やメリット、エンゲージメント向上の事例などを詳しく解説します。

人的資本経営 エンゲージメント

エンゲージメントとは何か

エンゲージメントとは「誰か・何かに貢献しようとする志」

エンゲージメント(engagement)とは、「婚約」「協約」「約束」「契約」などの意味を持つ英単語ですが、利用シーンによって様々な意味合いを持つ言葉です。特にビジネスシーンにおいては、「企業と従業員の関係性」「企業と顧客の関係性」を表す2つの意味で使われることが多いです。イギリスに本部を置く世界有数のコンサル会社「ウイリス・タワーズワトソン」はエンゲージメントを次のように定義しています。

“エンゲージメントとは従業員それぞれが、会社が実現しようとしている戦略や目標を理解し、目標に向かって自らの力を発揮しようとする自発的な貢献意欲のこと”とし、この定義を一言で表すと「誰か・何かに貢献しようとする志」と言えます。

モチベーションとの違い

エンゲージメントと混同されやすい言葉として「モチベーション」が挙げられます。確かにエンゲージメントとモチベーションは似ていますが、モチベーションはあくまで「行動を起こすためのきっかけや動機」にあたるものです。仕事におけるモチベーションの例としては「家族を養うために残業してでも稼ぎたい」「誰よりも早く昇進したい」「たくさんボーナスが欲しい」など様々ありますが、これらは「何かに貢献しよう」ということが動機ではないのでエンゲージメントではありません。もし「自分の売上目標を達成し、それによって企業が掲げる目標達成にも貢献したい」という貢献意欲があれば、エンゲージメントだと言えます。

エンゲージメントを構成する9つの要素

ここでは、エンゲージメントを「誰か・何かに貢献しようとする志」と定義しましたが、実際は内面的な動機のため他人から見て判断がしにくいのが実情です。「人的資本経営」を考える上では、経営者や人事部門が組織の状況を把握し、適切な経営判断をする必要があるため、外面から見て判断できる要素に落とし込む必要があります。

そういった観点で行くと、弊社の黒田が執筆している『組織は「言葉」から変わる。ストーリーでわかるエンゲージメント入門』の中でも取り上げている、ワークエンゲージメント研究の第一人者、慶應義塾大学 総合政策学部 島津明人教授が提示した「エンゲージメントの判断」のために分類している9つの要素が非常にわかりやすいです。

職務職務内容にやりがいを感じられているか
自己成長成長機会やフィードバックを得られているか
支援上司や同僚から自己成長に関する支援を受けているか
人間関係上司や同僚と良好な人間関係を築けているか
承認自分の承認や評価に対して、上司や同僚から承認されているか
健康ストレスや仕事量が適切か
理念戦略会社のビジョンや行動指針への共感や信頼があるか
組織風土部署間での協力や挑戦する文化があるか
環境職場環境やワークライフバランスが適しているか

参考文献:黒田天兵 『組織は「言葉」から変わる。ストーリーでわかるエンゲージメント入門 』朝日新聞出版

この9つの要素は、エンゲージメントサーベイなどのツールを用いて客観的に評価し、可視化することが可能になります。それぞれの組織が抱える課題だけでなく、スコアの高い項目、つまりその組織の強みに着目することも重要です。

良し悪しを分析し、強みを伸ばしていくための対策に取り組むことでより活気のある組織を作っていくことが可能になります。

人的資本経営におけるエンゲージメントの重要性

人的資本経営を実践する上で、従業員のエンゲージメントに対する取り組みは欠かせません。2020年9月に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」においても、「人的資本経営を成功させるための人材戦略には従業員のエンゲージメントが重要である」と提言しています。さらに、内閣官房が公表した「人的資本可視化指針」でも、情報開示が望ましい7分野のうちの一つとしてエンゲージメントを掲げています。人的資本経営において、従業員の能力を最大限に引き出し、1人ひとりの価値創造力の向上にも繋がる取り組みは、非常に重要な要素と言えます。

人的資本経営に関する詳しい説明はこちらの記事で解説しています。

関連記事『人的資本経営とは?』

人的資本経営の観点からエンゲージメントを高めるメリット

人的資本経営の実践において、従業員のエンゲージメントを高めることは様々なメリットがあります。ここでは代表的な3つのメリットについて解説します。

従業員定着率の改善

「誰か・何かに貢献しようとする志」のある高いエンゲージメント状態の従業員が多くいる場合、定着率及び離職率の改善に繋がります。エンゲージメントが高い従業員は、自分自身や組織に対する意欲があり、事業やサービスに貢献したいという想いが強いためです。

つまり「この企業に所属していると自己成長につながるから働き続けたい」という意思を持ち、離職意向の軽減に繋がると言えます。

また、エンゲージメントが高い従業員は組織の目標に共感し、協力して取り組む傾向があります。そのため周囲への貢献意欲の向上にも寄与すると考えられています。

このようにエンゲージメントの向上は従業員の意欲の向上、ひいては離職率の低下と企業の安定に寄与する重要な要素と言えます。

顧客満足度の向上

従業員のエンゲージメント向上は組織への貢献意欲となり、従業員が自発的に仕事の質を上げ、ひいては提供する商品やサービスの高品質化の実現につながります。つまり、サービス提供価値が上がり、顧客満足度向上につながるというメリットがあります。また、組織への貢献意欲は、サービス提供先である顧客への貢献意識にもつながることが多く、顧客のニーズを的確に理解し、最善なサービス提供をするというモチベーションにもなります。

結果として、既存顧客のサービス継続率が高まり、好意的な口コミ増や評判が上がることにも繋がります。

業績の向上

エンゲージメントが高い従業員は意欲的に業務に取り組むことができるため、品質の向上だけでなく、生産性や効率性の向上も期待できます。また業務上の目標を自分の働く意義として理解し、目標の達成、そして最終的には企業の業績向上にもつながります。生産性や効率性だけでなく、前述した「従業員定着率」や「顧客満足度の向上」といった多くの要素が相互に連動し、エンゲージメントが高いと結果として業績の向上にもつながると言えるでしょう。

エンゲージメントを高めるための取り組み

「人的資本経営」を考えるうえで「エンゲージメント」が重要であることはわかっていただけたでしょうか。ここからは、従業員のエンゲージメントを高める取り組みとして4つの施策をご紹介します。

アンケート調査(エンゲージメントサーベイ)の実施

人的資本の価値を測るため、エンゲージメントサーベイ(従業員のエンゲージメントを調査して定量化すること)を実施している企業も多いかもしれません。エンゲージメントサーベイとは、従業員にアンケート調査を実施し、企業と従業員の関係性を客観的に捉え、従業員が企業に抱いている期待と現状の満足度を把握することができます。また、定量的に把握できるので、経営や人事部門も対策が立てやすいのがメリットです。

先ほど挙げた、慶応義塾大学津島教授によると、エンゲージメントは9つの要素で分類することが可能なため、その要素ごとにスコアリングすることも考えられるでしょう。大切なのは、サーベイによって組織の状態を把握し、課題を見つけ、改善施策を実行していくことです。エンゲージメントを測定するためにサーベイツール等を活用し、従業員の本音や組織全体の状態を把握・定点観測し、改善点があれば施策を実施して、エンゲージメント向上に繋げていくことをおすすめします。

経営方針の伝達

エンゲージメントサーベイの結果をもとに、経営方針や企業理念などを従業員に伝えていく際には、経営層と従業員のコミュニケーションを活性化させることで、従業員自身の意欲増進や組織の目標達成にも繋げることができます。経営方針や企業理念など、会社がどのような方向に向かっているのか、どんな価値を顧客に提供していくのか、そして従業員に求めていることは何か、を経営層が従業員に対して繰り返し丁寧に伝える必要があります。

例えば、社員総会の一堂に会する場などで経営戦略の発表、共有を行うコミュニケーションや1on1を通じた経営方針のディスカッション、タウンホールミーティング(経営陣と従業員との対話の場)を設ける、など相互理解のための取り組みを継続していくことが重要です。

働きやすい環境の整備

従業員から共感を得られるような素晴らしい企業理念を掲げ、組織と顧客貢献への志が高かったとしても、労働環境が整っていなければ従業員のエンゲージメントは低下してしまいます。働きやすい環境の整備をすることでエンゲージメントが上げられるとも言われ、労働環境はエンゲージメントにおいて非常に重要な要素と考えられています。一般的に挙げられる働きやすい環境は以下のとおりです。

  • 様々な働き方の導入(テレワーク、フレックスタイムなど)
  • 健康面のサポート(健康診断、ストレスチェック、福利厚生の充実など)
  • ワークライフバランスの推進(有給取得や残業時間管理など)
  • 公平な報酬体系の確立(適正な報酬や評価制度の導入など)

適切な人事評価

エンゲージメントの高い従業員を増やしていくためにも、人事評価制度の見直しや丁寧なフィードバックは欠かせません。納得のいく評価結果を得られていない、と従業員自身が感じている場合、上司や組織全体への信頼や貢献意欲が下がり、エンゲージメントの低下や、最終的には離職に繋がってしまいます。

給与や昇進などの具体的な形で反映できているかも重要ですが、従業員自身の評価に対する納得度が高いかどうかが最も重要です。評価制度の設計や見直し、また人事評価をする側である上司からの適切なフィードバックを実施することが大切です。フィードバックを行う際に、組織全体の目標設定、個人の目標設定に対する達成度合いがどうだったのかを正しく伝えることで、モチベーションや生産性が向上し、エンゲージメントの高まりにも期待できます。

従業員のエンゲージメント向上を目指した成功事例

多くの企業に「人」を起点としたブランディング支援を行っている弊社ですが、エンゲージメントに関するお取り組みとして、日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社様(KFC)の事例をご紹介します。

「KFCブランド」とは何なのか、再確認と体現をするために、今までインナーブランディング(従業員向けに企業らしさを認識させ体現してもらうためのコミュニケーション活動)の取り組みをしていましたが、なかなか社内に浸透しない課題がありました。課題解決策の1つとして、ブランドの原点と現状のギャップを埋めていくことを「原点回帰」として具体的な行動に落とし込み、エンゲージメントを意識しながら、まずは各従業員がブランドを再認識する目的として、ブランドブックとムービーを制作しました。

その結果、「KFCブランド」への一人ひとりの愛着が高まり、従業員のエンゲージメントの向上に繋げることができました。またこういった取り組みはお客様へ提供するサービスや商品への情熱に反映されていると実感して頂いています。

関連記事:事例インタビュー『日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社様』

まとめ

今回は人的資本経営を「エンゲージメント」という側面から見てきました。従業員のエンゲージメントを高めることは、従業員の能力を最大限に引き出すことを目的とした「人的資本経営」を実施する上で非常に重要な要素です。

従業員自らが、企業の経営方針に納得感を持った上で主体的に行動することができれば企業への貢献意欲が向上し、「企業で働き続ける理由」を生むことができます。

「人的資本経営」を成功させるためにも、従業員のエンゲージメントを高めることを重要視し、適切な取り組みを行うことが必要と言えます。