一部の企業を対象に人的資本の情報開示義務化が決まったことを受けて、人的資本経営はますます注目を集めていますが、そもそもどのような内容について開示を求められるようになるのか理解していない、というケースも多いでしょう。

この記事では「人的資本経営における情報開示義務」について、開始時期や決まった背景、求められる開示内容などについて詳しく解説していきます。

人的資本経営_情報開示義務

人的資本経営とは

人的資本経営とは、企業が従業員を資本と捉える経営手法です。

人材が持つ能力や知識、技能などの人的資本を最大限に活用することで、企業価値の向上に繋げることができます。

例えば、従来の経営では、人材育成にかかる費用は「コスト」とされていましたが、これを「資本」として捉えるのが人的資本経営です。

人的資本経営は人材にとってのメリットだけでなく、企業の成長戦略や競争優位性の獲得に欠かせない重要な要素であり、人材の獲得・育成に積極的な投資をすることが求められます。

少子高齢化や産業構造の変化に伴い働き方が多様化している現代において、人的資本経営は今後の企業成長にとって欠かせないものとなっていくでしょう。

人的資本経営とはなにか、こちらの記事で詳しく解説しておりますので参考にして下さい。

関連記事:「人的資本経営とは?」

人的資本を開示するメリット

人的資本を開示することは様々なメリットがあり、その一つが「社会的評価の向上」です。積極的に人材へ投資を行い、職場の環境改善に努め、ダイバーシティを促進する企業は、投資家からも高い評価を得られやすくなります。

また、従業員に関する評価や制度の透明性が高まるため、投資家だけでなく求職者へのアピールに繋がります。

人的資本の情報開示義務とは?

次に「人的資本の情報開示義務」とは何なのか、詳しく解説していきます。


参考:金融庁「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正案の公表について」

時期

人的資本の情報開示は2023年3月から企業に求められることが決定しており、正確には2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されます。

人的資本の情報開示義務が決定した経緯としては、2022年6月に公表された「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」において「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」に関して制度整備を行うべきとの提言がされたことを踏まえて、2022年11月に金融庁は有価証券報告書等の記載事項の改正案を公表しました。

対象企業

人的資本の情報開示義務が発生するのは、金融商品取引法第24条における「有価証券報告書」を発行する約4,000社が対象とされています。「有価証券報告書」の発行義務がある企業の条件例は以下のとおりです。

  • 金融商品取引所に上場されている有価証券の発行者
  • 店頭登録されている有価証券の発行者
  • 募集または売出しにあたり有価証券届出書または発行登録追補書類を提出した有価証券の発行者
  • 所有者数が1,000人以上の株券または優先出資証券の発行者

上記の「株券」には、株券を受託有価証券とする有価証券信託受益証券、および株券にかかる権利を表示している預託証券を含みます。また「優先出資証券」に関しては、資本金5億円未満の会社は除外されます。

対象項目

人的資本の情報開示義務が発生する2023年3月時点では、有価証券報告書の「従業員の状況」という項目に以下3点の情報を記載する必要があります。

  • 女性管理職比率
  • 男性の育児休業取得率
  • 男女間賃金格差

この3項目は「女性活躍推進法(正式名称:女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)」等に基づいて選定されました。

この3項目以外にも、サステナビリティ情報の「記載欄」の「戦略」と「指標及び目標」において、人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等の記載が求められています。

2022年8月30日に内閣官房が発表した「人的資本可視化指針」には、開示することが望ましい19項目が記載されているため、この指針に則って今後も情報開示が求められる項目は増えていくことが予想されます。

参考:内閣官房長官「人的資本可視化指針」

人的資本経営を推進する政府の目的

金融庁

政府が人的資本経営を推進する最大の目的は、日本経済の活性化です。昨今の日本経済は少子高齢化に伴い長年停滞し続けていることから、この停滞期間は「失われた30年」とも呼ばれています。

そこで政府はこの日本経済を活性化させる取り組みの一つとして「人的資本経営」を推進しています。近年では「人材版伊藤レポート」という報告書を公開したり、企業と共同で「人的資本経営コンソーシアム」を設立するなど、様々な活動をしています。

このように政府が人的資本経営を推進するのは、日本経済の活性化に必要な要素だと考えているためです。もしも、国内の企業が積極的に人材の能力や技術を高める経営を行えば、各企業の企業価値向上だけでなく企業間の競争力も強めることが期待できます。

このプロセスとして人的資本の情報開示を義務化すれば、必然的に人的資本経営の推進に繋がるため、情報開示の義務化を進めていると言えます。

政府と人的資本経営の関係について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。

関連記事:「経済産業省と人的資本経営の関係は? 」

人的資本の情報開示義務が進められている背景

政府が人的資本経営を推進する理由は、日本経済の停滞だけではありません。海外の先進諸国を中心に、従来の財務上の数字だけを見ても企業の真の実力や成長性は分からない、という考え方が広まっています。

財務諸表で十分に定量的に示されていない非財務資本、すなわち人材、企業文化、エンゲージメントなどにも着目して将来性を分析していこうという潮流が生まれています。この背景には、世界的にESG投資が拡大されていることが挙げられます。

ESG投資とは、企業の環境(Environment)、社会(Social)、およびガバナンス(Governance)に関する取り組みを評価し、投資することを指します。こういった世界の動向にも適応して国際競争力を強化するためにも、人的資本の情報開示義務を進めているのです。

今後の動向

2023年3月からの人的資本の情報開示義務化をきっかけに、今後も人的資本経営の実践が求められるケースが多くなると予想されます。

開示項目については「人的資本可視化指針」だけでなく、人的資本の世界基準である「ISO30414」といった様々な指標をもとに設定されると想定されています。

しかし、産業構造の変化が目まぐるしい昨今においては、これらの指標が今後もアップデートを重ねる可能性は大いにあります。そういった動向も踏まえて、情報開示義務の制度を段階的に導入することが想定されるため、柔軟に対応するべく今のうちから人的資本経営の実践に向けた取り組みを始めておくとよいでしょう。

今後、情報開示義務の発生が予想される項目は?

今後、企業に対して情報開示義務が求められるようになる事項について解説していきます。

エンゲージメント

企業が開示を求められる1つ目の内容が「エンゲージメント」です。エンゲージメントとは、契約・誓約・約束などの意味を持つ言葉ですが、人的資本においては「誰か・何かに貢献しようとする志」のことを言います。

流動性

流動性とは人材の定着率や離職率など人の流れがわかる指標のことであり、企業が持つ問題点やリスクがわかる指標のことです。これには離職率や定着率、新規雇用の総数や比率などが含まれており、開示が必要となるでしょう。

ダイバーシティ

異なる背景や文化、性別や性的指向、人種や宗教などの多様性を受け入れ、従業員の個性を尊重している企業は、いわゆる「ダイバーシティ」が高い企業だといえます。たとえば男女間の給与差や育児休業を取得した従業員数などが含まれます。

育成

企業は人材育成に伴って、どれだけの研修時間を設け費用をかけているか、またその取り組みにより定着率向上などの効果が見られたかどうか開示する必要があります。研修にかかった時間や費用、研修の参加や受講率などの開示が求められるようになるでしょう。

健康・安全

企業は従業員の身体的・精神的健康面や安全をどのように管理しているか、改善するための具体的な取り組みを行っているのか開示することになります。これには労災の発生件数や死亡率、労災発生による損失時間やニアミス発生率などが含まれます。

コンプライアンス

企業は法律や倫理規範、社会的責任などを遵守しているかどうか、いくつかの点から開示を求められるようになります。たとえば、発生した人権問題や差別事例の件数、業務停止件数、人権研修を受けた従業員の割合などが含まれます。

人的資本の情報開示義務に向けた準備

今後、人的資本の情報開示義務が進むことで、対象企業や開示項目が更に拡大されることが予想されます。今は対象企業ではない企業でも準備しておくとよい事項について解説していきます。

他社の状況把握

これから人的資本経営を実践していく企業にとっては、他社が人的資本経営に対してどのようなアプローチを取っているかについて情報の整理は重要です。特に、他社が人的資本経営を進めることでどんな課題を解決したかわかる事例は参考になることでしょう。

他社の事例により、自社の取り組みにおける問題点や改善点を客観視し、良い取り組みは積極的に自社でも取り入れることができます。こちらの記事では企業事例を紹介していますので、是非参考にして下さい。

内部リンク「人的資本経営が注目されている理由とは?企業事例やポイントを紹介」

自社の状況把握

他社の状況を参考にしつつ、自社と比較し状況把握することが重要です。自社の状況把握のために、自社が人的資本経営を実践するうえで、どんな課題を抱えているか情報収集することが必要です。まずは既にある人事データを収集し整理すると共に、不足している情報についてアンケート調査や追加の情報収集を行う必要があります。

例えば、人的資本可視化指針で提示されている「流動性」の項目については、採用人数や離職率などが当てはまるため人事情報の整理で把握できることが多いです。しかし、同指針内の「従業員のエンゲージメント」に当てはまる従業員満足度などを把握するためには下記のような項目でのアンケート調査を行うことが効果的です。

  • 「自分の役割や職場にやりがいを感じているか」
  • 「自分は会社と同じ方向に向かって進んでいると実感しているか」
  • 「この会社は自分のキャリアを伸ばすのによい場所と言えるか」
  • 「仕事や職場のどのような点を気に入っているか」

人的資本に関するデータの整理及び追加調査をすることで可視化が可能になるため、仮にエンゲージメントに関する項目が情報開示義務の対象になった場合でも、柔軟に対応することができます。

開示する項目と目標の設定

自社の状況把握が完了した後は解決すべき課題を選定し、目標を設定することが重要です。人的資本の情報開示義務化に備えるという点で言えば、政府が公表している「人的資本可視化指針」に記載されている開示項目に則り、具体的な目標を設定することが重要です。

例えば「離職率・定着率」を解決すべき課題に設定する場合は、従業員満足度や従業員エンゲージメントといった「離職率・定着率」に関連する項目に目標値を設定し、改善していく施策を実践することが求められます。

まとめ

人的資本の情報開示義務が今後も拡大していくと予想されるため、
今のうちから人的資本経営に取り組んでいくことが必要となります。

情報開示義務の対象では無いとしても、人的資本経営は企業価値の向上に欠かせないものですので、
義務化に関わらず実践していくことをおすすめします。

人的資本の情報開示義務化を踏まえて、改めて人材戦略を見直してみるのはいかがでしょうか。