当サイトでのテーマの一つである「人的資本経営」ですが、その世論の先駆けとなったものが「健康経営」です。

健康経営は2006年に「健康経営研究会」の取り組みが始まり、2017年には経済産業省により「健康経営有料法人認定制度」も開始されました。「ホワイト500」や「ブライト500」といった「健康経営有料法人」に関するワードも聞いたことはあるのではないでしょうか。

この記事では、人的資本経営と健康経営の関連性を解説するとともに、その情報開示をする際の重要指標になる「健康指標」についてもご紹介します。

人的資本経営_健康経営

人的資本経営と健康経営について

人材を資本と捉える「人的資本経営」と、従業員の健康を管理して生産性の維持、及び向上を目的とする「健康経営」という2つの経営手法には重要な関連性があり、どちらも人材戦略と連動しながら実践する必要があります。まずは人的資本経営と健康経営の関係について詳しく見ていきましょう。

人的資本経営とは

人的資本経営とは、人材を「コスト」ではなく「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことが中長期的な企業価値向上につながる、という考え方です。人材が持つ能力を最大限に発揮していくことが中長期的に企業を成長させ、市場価値を高めることにつながるというわけです。

当サイトでは、人的資本経営について詳しく記述をしておりますので、詳細を確認されたい方は、こちらの記事を参照ください。

関連記事『人的資本経営とは?』

この人的資本経営を考える上で欠かせないのが、健康経営という考え方です。経営をするにあたり、人材の能力を最大限に引き出し、企業の価値の向上を目指すことが非常に重要になっています。従来の終身雇用制度ではなく、非正規雇用やフリーランスなどの働き方が増加し、働き方が多様化する現代においては従業員の「健康」にも配慮をして心身共に健やかに働いてもらえる様な経営方針を掲げる必要があります。

従業員の能力を引き出す要素は様々であり、人的資本経営を語る上でも、「従業員エンゲージメント」「リスキリング」「ダイバーシティ」などのワードが挙げられますが、その中でも最も重要とも言われている要素が「健康経営」です。

健康経営とは

健康経営は、従業員が働くうえで「健康を管理し、労働環境や働き方の改善に取り組む」という経営手法のことです。健康的な従業員は生産性が高まり、エンゲージメントやクリエイティビティも向上、最終的には、企業の持続性や競争力を高めることに繋がります。従業員の健康を維持することで、疾病による労働力低下を防止し、離職率を下げるなどのメリットもあると考えられています。

アメリカでは1990年代から「従業員の医療負担が経営の根幹にかかわる」という考え方が進み、「健康経営」という考え方が広がり始めました。その後「優良健康経営表彰」といった制度が生まれ、またその表彰企業の株価がその他企業と比較し相対的に高いパフォーマンスをあげている、などという事実から注目が集まるようになりました。

日本においては、2006年に「健康経営研究会」が発足したのが始まりと言われています。当初はアメリカと同様、「健康保険」に関する議論が多かったのですが、その後の従業員の「メンタルケア」の高まりや、2015年に50人以上の事務所に対し努力義務として始まった「ストレスチェックの義務化」なども「健康経営」の高まりを後押ししました。

2015年には経産省と東京証券取引所が共同で「健康経営銘柄」の発表を開始、また2017年からは「健康経営優良法人」の認定制度も開始され、世の中に「健康経営」というキーワードが浸透していきました。

人的資本経営と健康経営の関係

それぞれの概要は先述した通りですが、「人的資本経営」の実践において「健康経営」は切り離せない経営手法と言われています。人的資本経営では、企業価値向上のために従業員の能力や知識、スキルを最大限に引き出すことを目指す一方で、健康経営とは従業員の健康管理を経営的な視点で考え、従業員等への健康投資が従業員の活力向上や生産性向上につながるという考え方です。つまり、

  • 人的資本経営:企業価値向上のために、従業員価値をあげることを目指す
  • 健康経営:従業員価値向上のために、従業員の健康を促進する

と言えるでしょう。概念的には、健康経営はいわゆる「人的資本経営を実践する上で土台となる経営手法」とも捉えることができます。

より具体的に言うと、伊藤レポートの中では、「健康経営促進の組織・体制構築の重要性」に言及しており、人的資本経営のためには「健康経営」という概念が重要であることを表しています。

こういったことから「人的資本経営」にとって「健康経営」は必要不可欠な経営手法であり、「人的資本経営」の要素として健康経営における「健康指標」が重視されています。この後の章では健康経営における「健康指標」は具体的にどういうものなのか、について記述をしていきます。

健康指標が「人的資本の重要指標」として注目を集めている理由

「健康経営」が「人的資本経営」において非常に重要な経営概念であると先述した通りですが、この「健康経営」の実施状況を確認する方法として「健康指標」という指標があります。この「健康指標」が企業の「健康経営」ひいては「人的資本経営」への取り組みを評価する上で計測しやすく、また非常に重要な指標になると言われ注目を集めています。

また、背景には「ESG投資」の高まりも挙げられます。ESGとは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取った言葉で、企業が持続可能な経営や社会的責任を果たしているかを評価する手法です。近年ではこのESGへの取り組みをベースに企業評価をする傾向が強まり、ESG投資という考え方が広まっています。ESG投資の一環として投資評価の際に「健康指標」を一つの指標にするということがあります。

また、前章で掲げた、企業が健康経営に取り組んでいるかどうかを評価する制度として「健康経営優良法人制度」があり、ESG投資を実践する投資家の中には健康経営優良法人に認定されているかどうかを基準にする場合もあります。こうした理由からも、具体的な「健康指標」がどういった数字になっているか、を重要指標として扱うことが増えてきているのです。

参考:経済産業省『必須の企業戦略としての「健康経営」』

人的資本経営における健康指標と情報開示

健康経営の取組状況や実施成果の情報は投資家から注目されていますが、投資家のみならず、従業員や求職者、取引先企業からの企業評価にも使われるようになってきました。具体的にどのような「健康指標」が重視されているのか、またどのような情報が開示されているのか、を本章では解説していきます。

健康経営度調査の指標

健康指標を語る上でまず欠かせないのが、健康経営度調査です。健康経営度調査とは、経済産業省が実施している調査で、法人の健康経営の取組状況と経年での変化を分析するとともに、「健康経営銘柄」の選定、および「健康経営優良法人(大規模法人部門)」の認定のための基礎情報を得るために実施している調査です。毎年1回認定が行われ、令和4年度の調査申請数は、約15,000社に上りました。

調査項目としては主に5つの項目があり、「経営理念・方針」「組織体制」「制度・施策実行」「評価・改善」「法令遵守・リスクマネジメント」となっています。主に「経営の基盤」に関するもの、またそれをベースに「施策運用」ができているか、「法令などに触れることがないか」という基本概念にのっとって構築されています。

健康経営度調査の報告時には企業ごとに様々な指標を用いて説明を行います。ここでは具体的な指標の名前は割愛しますが、「人的資本経営」に本腰を入れて、社内の健康指標を数値化する場合には調査内容を一度確認し、自社に合った「健康指標」を設定されることをおすすめします。

参考:経済産業省『「健康経営優良法人2023」認定法人が決定しました!』

参考:健康経営優良法人認定事務局「ACTION!健康経営』

人的資本に関する情報開示で代表的な健康指標5選

日本でも人的資本に関する情報開示の制度が整備されており、2023年3月期決算から一部の企業を対象に人的資本の情報開示の義務化がはじまりました。義務化が開始された2023年3月時点の開示義務がある項目としては「男女間賃金格差」「女性管理職比率」「男性育休取得率」が挙げられます。

健康指標の情報開示は義務化されていないものの、政府による「人的資本可視化指針」において、開示が望ましいとされている項目が具体的に示されています。その内容としては「健康や安全」、「従業員エンゲージメント」などが含まれており、これらにまつわる健康指標が情報開示義務の対象になる可能性もあるでしょう。ここでは代表的な健康指標を5つ紹介します。

なお、人的資本の情報開示義務化についてはこちらの記事で詳しく解説しております。

関連記事『人的資本の情報開示が義務化される?』

労働災害の関連指標

まず初めに、最も開示項目として求められる可能性が高いのが、労働災害に関する情報だと言われています。労働災害に関する指標としては、労働災害の発生件数や死傷者数、労働災害による損失時間などが含まれており、製造業や建設業といった危険作業が伴う業種では、強く意識される指標になります。厚生労働省が2022年6月に公表した「過労死等の労災補償状況」では、過労死に関する請求件数が3,099件(前年度比264件増加)となっており、今後も当問題に対する解決方法が求められる状況は続くと考えられています。中でも精神障害の請求件数が年々増加傾向にあり、こちらは業種問わずの課題と言えます。このように直近で課題感が増してきている指標は今後も改善が求められ「重要指標」として認識されるようになるのではと考えられています。

参考:厚生労働省『令和3年度「過労死等の労災補償状況」を公表します』

離職率

企業にとって従業員の離職は、教育や採用コストの無駄、既存社員の業務負担の増加などにつながり、事業継続にも関わるだけでなく企業のイメージダウンにもなりかねません。近年では前向きな転職も増えてきてはいるものの、経営にとってはその事業の安定性を図る上で、従業員の離職は大きな痛手となります。

その離職を計測する「離職率」は、組織の健全性や労働環境の質を示す重要な指標です。離職率が低い企業からは、長期的な雇用が出来ている、従業員満足度が高い、人事戦略が成功している、といった事情を読み取ることができます。一方で、離職率が高い企業は、組織が安定しない、生産性が上がらないといった問題、またチームワークの悪化などが考えられます。

離職率の指標から見えてくる課題を適切に分析し、戦略を見直していくことが「健康経営」や「人的資本経営」を実現させていく上でも重要です。

労働時間

政府による働き方改革の一環として2019年4月に労働基準法が改正されたことを受け、長時間労働に対する規制が強化されました。時間外労働の上限が明文化されたため、その企業が法令遵守しているかどうかだけでなく、働きやすい労働環境かどうかの判断基準となります。想定される指標としては「時間外労働の上限超過率」(時間外労働の上限を超えた従業員を、全従業員数で割ったもの)などが挙げられます。こういった指標も「健康経営」や「人的資本経営」において欠かせないポイントとなります。

健康診断受診率

労働安全衛生法に基づき、企業側は従業員に対して健康診断を受診させる義務があります。ただ企業によっては健康診断の受診率が100%でない企業もあります。背景としては、企業が従業員への促進をするものの、何かしらの理由で受診ができない場合があるためです。

本件は、法令遵守の観点もあり、また、企業側が主体的に健康リスクの把握と対策に務めているかが「率」としてわかりやすいため、近年ではこの「健康診断受診率」も「健康経営」と「人的資本経営」にとっても重要な健康指標として捉えられています。

ストレスチェック受検率

労働安全衛生法により2015年から50人以上の従業員がいる事業所はストレスチェックを実施することが義務づけられています。ストレスチェックの受検率を公開することで、労働環境やメンタルヘルス対策の透明性を示す企業も出てきました。ストレスチェック受検率だけでなく、高ストレスの判定が出た従業員に対しての産業医面談実施率なども併せて公表すると、従業員のメンタルケアにも配慮し、心身の健康保持につなげることができると言われています。このように法改正によって企業が必然的に行っている行動も指標化され、「健康経営」や「人的資本経営」における重要な指標として扱われるようになります。

まとめ

人的資本経営と健康経営は、企業の持続的な成長と従業員の健康を追求するために重要な要素です。人的資本経営は、人材の能力開発やエンゲージメント向上、組織文化の構築を通じて企業の競争力を高めます。一方で健康経営は、従業員の身体的・精神的な健康を重視し、労働環境やストレス管理などに取り組むことで生産性向上や離職率の低下を図ります。

人的資本経営と健康経営の双方を推進することで、従業員の満足度やエンゲージメントが高まり、企業の持続的な成長が実現します。そのため、経営と人事が一体となって人的資本経営と健康経営を総合的に取り組む戦略を策定し、従業員の健康と企業の成長を同時に追求していくことが重要です。